波頭065
 

Ⅲ部 建造 39

田辺元

 著作「雑誌『改造』の四十年」で元編集部員の関忠果(ただたけ)氏は言論弾圧に屈しなかった当時の状況を回顧する。(156ページ)
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 進歩的学者・評論家を投獄しても、その口を封じても、真理を追求する良心的学者の声はなお残っていた。
 そして、当時の編集者は、その声を誌上に反映させるために、最大の努力を払っていた、ということができる。その声を哲学者・科学者の間に求めて、それを誌上に反映させようとした。
 その代表的な一例が、1936(昭和11)年10月号に掲載された田辺元(51)の「科学政策の矛盾」である。
……
 田辺元(たなべ・はじめ1885-1962)は哲学者。東京生まれ、京大教授。数学、物理学に関心をもち、30代には最初の著書「最近の自然科学」を出し、続いて「科学概論」をあらわした。初期には新カント学派に近い科学哲学の立場をとり、後に絶対弁証法、晩年は宗教哲学に至った。文化勲章受章。
 田辺は、この論文で言う。
……
 自然科学の奨励は今日の如く専ら国防充実の見地から行はるるに先立ち、既に産業発達の手段として久しく歴代内閣の政策とする所であった。
しかし何れの目的を主とするにせよ、その着眼が専ら科学の応用に存し、理論の開発に存したのではないことはいうまでもない。
真実を愛すること善美を愛する如く、何ら実用的目的を前提とすることなき純粋の知識を以て人間活動の最高のものと考えた、古典ギリシアの精神を継承する西欧人の有する如き科学への愛というものは、日本精神のみならず一般に東洋思想のほとんど全くあずかり知らざるところである。
今日、知識の偏重を戒める声の高きは、その底に西洋思想を斥けて東洋思想を復興し、日本精神の昂揚を計る意図を含むものなることは言うをまたない。
自然科学を奨励するものというも、その目的とするところは応用にあり、直接軍備と産業とに利用せらるる発明の多からんことを求めるに過ぎない。
真実を愛する心を涵養し、知ることの喜びを味わしめる如きことは全然意図の外にある。

 科学的精神を嫌悪し、その両側面たる実証主義と合理主義とを排斥して、科学研究を奨励するのは、根幹に斧鉞(おの まさかり)を加えて花実の栄えんことを求むると一般ではないか。この如き矛盾を許す科学者の態度も遺憾という外ない。
……

 元編集部員関氏は「この田辺論文の真理・真実への愛の強調、実証主義と合理主義を排斥する非合理な精神主義を痛撃する、その発言の底には戦争政策を遂行する人々とその同調者への痛烈な批判を読み取ることができるのである」と総括する。

 「実証主義と合理主義を排斥する非合理な精神主義」を指摘する声は同時期、海軍部内であった。レーダー開発を巡る物語である。
 「時は昭和11年であった。私は海軍技術研究所電気研究部の第一科主任として、基礎研究を担当する任務にあった。いわゆる革新兵器につながる新奇の研究問題を案出するため、あれこれ頭をひねっていた」
 と、当事者だった谷恵吉郎氏が戦後、水交会機関紙「水交」1983(昭和58)年8月号に「電波兵器不振に対する反省」と題してレーダー開発が拒否されたという興味深い思い出を書いている。当時、造兵中佐(41)だった。終戦時には技術少将まで進んだ人だ。➀

呉市の旧家沢原家の三ツ蔵。国重要文化財指定。江戸後期に栄えた大規模な商家をしのばせる=広島県呉市長ノ木町で2024年2月27日撮影
呉市の旧家沢原家の三ツ蔵。国重要文化財指定。江戸後期に栄えた大規模な商家をしのばせる=広島県呉市長ノ木町で2024年2月27日撮影
➀水交会は旧海軍、海上自衛隊関係者の親睦団体。公益財団法人。

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