戦艦大和は1937(昭和12)年11月4日、広島県呉市の呉海軍工廠で起工されたが、その前年から同市内では「目隠し」が急に増えた。
1936(昭和11)年のある日、呉海軍工廠の造船ドックに大きな屋根が取り付けられた。その屋根の両脇から網が垂れ下がり、ドック内をうかがうことができなくなった。
1936(昭和11)年のある日、呉海軍工廠の造船ドックに大きな屋根が取り付けられた。その屋根の両脇から網が垂れ下がり、ドック内をうかがうことができなくなった。

1937(昭和12)年になると、鉄道の呉線が港側が見える個所に高い塀を巡らした。

同じ頃、学校や民家は呉軍港側に開いた窓を封鎖させられた。新築は最初から港側に窓を付けなかった。今もその様子を伝える民家が呉市宮原7丁目に残っている。ちょうど戦艦大和を建造した造船ドックをすぐ下に見下ろす高台にあたる。
近所の人の話では戦後は空き家状態となり、奇跡的に当時の雰囲気を残す「港側目隠しの家」が今も残ったらしい。
近所の人の話では戦後は空き家状態となり、奇跡的に当時の雰囲気を残す「港側目隠しの家」が今も残ったらしい。

軍港呉市は戦艦大和建造を前にして秘密都市への道に入った。
「秘密」になるとどうなるか、を軍港都市、呉市を例にして見ていきたい。戦前昭和の呉市が残した数々の逸話を集めると、2010年代からの日本が秘密を法制化し、2026年に入るとスパイ防止法制定に向けて走り出そうとする動きと重なってくる。その先に「戦艦大和まがい」が待っているのか。
「秘密」になるとどうなるか、を軍港都市、呉市を例にして見ていきたい。戦前昭和の呉市が残した数々の逸話を集めると、2010年代からの日本が秘密を法制化し、2026年に入るとスパイ防止法制定に向けて走り出そうとする動きと重なってくる。その先に「戦艦大和まがい」が待っているのか。

