波頭051
 

Ⅲ部 建造 25

黒船

 紀州藩士の妻がつけた「小梅日記」はペリー艦隊の情報を詳しく書き綴る。黒船衝撃が江戸から遠い紀州にどう伝わったか、を知る好資料だ。「黒船脅威」が日本海軍の戦艦固執を生み、その先に戦艦大和がある、とみる私は「小梅日記」に関心をもつ。
小梅日記の原本。表紙と記述部分の一部=平凡社東洋文庫256「小梅日記1」口絵から。1974(昭和49)年8月刊
小梅日記の原本。表紙と記述部分の一部=平凡社東洋文庫256「小梅日記1」口絵から。1974(昭和49)年8月刊
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波頭050
 

Ⅲ部 建造 24

小梅日記

 紀伊水道を望む和歌山市雑賀崎。崖の上に大砲を据える台場と防塁が残る。幕末、「黒船」に備えて紀州藩が造った「雑賀崎台場」だ。私はここに「なぜ、時代錯誤の大艦巨砲、戦艦大和を建造したのか」という疑問を解決する出発点を見出す。
幕末に築造した紀州藩の防塁。「黒船」をいかに脅威と感じていたか、をしのばせる=2015(平成22)年4月22日、和歌山市雑賀崎で
幕末に築造した紀州藩の防塁。「黒船」をいかに脅威と感じていたか、をしのばせる=2015(平成22)年4月22日、和歌山市雑賀崎で
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波頭049
 

Ⅲ部 建造 23

ガスボンベ

「大和主砲の砲身を引き揚げることができないか」
大和ミュージアム前に展示されている戦艦陸奥の主砲砲身。45口径41㌢砲、重さ102㌧、長さ18㍍のこの砲は1920(大正9)年から22年間、戦艦大和が出現するまで世界最大の軍艦砲であった=広島県呉市宝町で2007年9月24日撮影
大和ミュージアム前に展示されている戦艦陸奥の主砲砲身。45口径41㌢砲、重さ102㌧、長さ18㍍のこの砲は1920(大正9)年から22年間、戦艦大和が出現するまで世界最大の軍艦砲であった=広島県呉市宝町で2007年9月24日撮影
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