波頭048
 

Ⅲ部 建造 22

自信

 この特殊巨砲は8年後、1928(昭和3)年から戦艦大和の主砲設計が始まる際、大きな手がかりとなった。
 戦艦大和全体の設計を担当した松本喜太郎・技術大佐は著書「戦艦大和設計と建造」で述べる。。
最終艤装中の「大和」を写した写真の三番主砲部分を拡大=1941(昭和16)年9月20日、呉工廠撮影。写真日本海軍全艦艇史上巻(福井静夫著ベストセラーズ1994年刊)から
最終艤装中の「大和」を写した写真の三番主砲部分を拡大=1941(昭和16)年9月20日、呉工廠撮影。写真日本海軍全艦艇史上巻(福井静夫著ベストセラーズ1994年刊)から
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波頭047
 

Ⅲ部 建造 21

特殊巨砲

 戦艦大和の主砲に先立つこと約12年前、広島県・呉海軍工廠は大和主砲を上回る巨砲を試作していた。太平洋戦争終了後、米軍がこの巨砲を撮影している。
米軍が撮影した特殊巨砲。広島県・倉橋島の旧海軍亀ガ首発射場で=呉市史編さん室所蔵史料、米海軍報告書「日本の18インチ主砲の砲架」(JAPANESE 18”GUN MOUNTS)から
米軍が撮影した特殊巨砲。広島県・倉橋島の旧海軍亀ガ首発射場で=呉市史編さん室所蔵史料、米海軍報告書「日本の18インチ主砲の砲架」(JAPANESE 18”GUN MOUNTS)から
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波頭046
 

Ⅲ部 建造 20

科学的管理法

 筒井庄爾さんが話した広島県・呉海軍工廠時代のストップ・ウォッチはアメリカ生まれの経営理論「科学的管理法」に由来する。フレデリック・テーラー(1856-1915 Frederick Winslow Tylor)が1911(明治44)年に同名の経営書を刊行して知られるようになった。
 アメリカの自動車工場にベルトコンベアによる流れ作業が現れたのは1901(明治34)年。1914年、フォード社のモデルT生産ラインでベルトコンベア効率化の頂点に達したが、テーラーの科学的管理法の成果だった。続きを読む →