2015(平成27)年5月10日、鹿児島県・黒島であった三島村特攻平和祈念祭の会場で主宰者の一人、江名武彦さん(91)に特攻に対する評価を聞いた。江名さんは海軍特攻隊員として出撃した。機体不調で特攻出撃を2回繰り返し、黒島に不時着した人だ。
すると内ポケットからコピー文書1枚を取り出して私に手渡した。
「七、戰訓所見」で始まる文章は特攻作戦を実施する現場からの不満を述べている。
戦闘詳報の一部らしいが、原本名や作成日、作戦名などが不明だった。防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室にこの文書を持参し、調べてもらうと「昭和二十年四月十六日 八幡隊戰闘詳報第四號」の末尾にこの「七、戰訓所見」があった。
すると内ポケットからコピー文書1枚を取り出して私に手渡した。
「七、戰訓所見」で始まる文章は特攻作戦を実施する現場からの不満を述べている。
戦闘詳報の一部らしいが、原本名や作成日、作戦名などが不明だった。防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室にこの文書を持参し、調べてもらうと「昭和二十年四月十六日 八幡隊戰闘詳報第四號」の末尾にこの「七、戰訓所見」があった。
八幡隊は九七式艦上攻撃機を使用機とし、鹿児島県・串良基地から出撃した。「四月十六日」は第3次菊水作戦にあたる。
同所見は三項目からなり、「(一)攻撃出動率ノ低調ナリシ原因」では「使用機は応急修理で整備不十分。串良基地は砂ぼこりがひどく、空襲に見舞われること多く整備が十分にできない」「老衰機材の作戦基地として不適である」と指摘する。
「老衰機材」とは使用機九七式艦上攻撃機を指す。
1937(昭和12)年末に制式採用された当時、脚は引っ込み式、翼は折りたたみ式と世界水準からいっても革新的な新鋭機だった。3人乗りで真珠湾攻撃の時、魚雷を抱いて飛行する写真は有名だ。1943(昭和18)年末、天山が後継機として登場してからは旧式に属した。
同所見は三項目からなり、「(一)攻撃出動率ノ低調ナリシ原因」では「使用機は応急修理で整備不十分。串良基地は砂ぼこりがひどく、空襲に見舞われること多く整備が十分にできない」「老衰機材の作戦基地として不適である」と指摘する。
「老衰機材」とは使用機九七式艦上攻撃機を指す。
1937(昭和12)年末に制式採用された当時、脚は引っ込み式、翼は折りたたみ式と世界水準からいっても革新的な新鋭機だった。3人乗りで真珠湾攻撃の時、魚雷を抱いて飛行する写真は有名だ。1943(昭和18)年末、天山が後継機として登場してからは旧式に属した。
同所見は続けて、一部指揮官、幕僚の特攻隊員に対する態度を非難する。
……
特攻なればこそ充分に整備した飛行機で出撃させたい、と念願するは、飛行長、飛行隊長の切実なる気持だが、一部指揮官、幕僚中には「チョロイ奴、特攻にかけろ」などと放言し、特攻隊員を「物」、もしくは消耗品扱いになす者を認める。このことは特攻隊員を遇する途ではない。皇国護持の為、今後共特別攻撃を必要とする事、いよいよ大なる時、深慮の要あり
特別攻撃も回を重ね、数を増し、攻撃の常道たるかの観を呈すると共に、特攻隊員の中には特攻を看板になす者あるを見聞きせるが、これらは単なる物質的厚遇を以て足る話である。従って上司は殉国の壮途に就かんとする烈士に対する精神的厚遇を加え、且つ出撃の時間まで、之が輔導をゆるがせにせざるを必要なりと認む(一部現代文に読み下し)
…
九七艦攻を以てする特攻は、対空砲火熾烈なる空母、戦艦、巡洋艦に対しては成功の算少なし。輸送船を第一目標とするを至当と認む。
…
江名さんは鹿児島県串良基地から九七式艦攻で2回、特攻出撃した。1 回目は1945(昭和20)年4月28日の菊水4号作戦だったが、エンジン不調で引き返す。2回目は同5月11日の同6号作戦。この時もエンジン不調で黒島に不時着した。
4月16日付の八幡隊戦闘詳報が、「九七式艦攻は老衰機材のため攻撃出動率は低調」と指摘した後だ。
以上の話を聞き、江名さんが「七、戦訓所見」のコピーをいつも内ポケットにしのばせていることから、私は「江名さんは九七艦攻という故障続きの老衰機材をあてがって特攻死を強いることは特攻隊員を遇する道ではない、と考えている」と感想を述べた。しかし、江名さんは微笑を浮かべるだけだった。
代わりに江名さんは自分が関係した菊水作戦の現場、出撃の様子など個別な事情は具体的に、かつ詳細に語った。黒島には40年間通い、私財を投じて特攻隊員を追悼する記念物を何種類も建立した。
「思いは語らないが、追悼を続ける」という流儀は私が20年に渡って取材した戦争体験者のなかでも学徒出陣組に多かった。「生き残った者の口の重さ」なのだろう。
……
特攻なればこそ充分に整備した飛行機で出撃させたい、と念願するは、飛行長、飛行隊長の切実なる気持だが、一部指揮官、幕僚中には「チョロイ奴、特攻にかけろ」などと放言し、特攻隊員を「物」、もしくは消耗品扱いになす者を認める。このことは特攻隊員を遇する途ではない。皇国護持の為、今後共特別攻撃を必要とする事、いよいよ大なる時、深慮の要あり
特別攻撃も回を重ね、数を増し、攻撃の常道たるかの観を呈すると共に、特攻隊員の中には特攻を看板になす者あるを見聞きせるが、これらは単なる物質的厚遇を以て足る話である。従って上司は殉国の壮途に就かんとする烈士に対する精神的厚遇を加え、且つ出撃の時間まで、之が輔導をゆるがせにせざるを必要なりと認む(一部現代文に読み下し)
…
九七艦攻を以てする特攻は、対空砲火熾烈なる空母、戦艦、巡洋艦に対しては成功の算少なし。輸送船を第一目標とするを至当と認む。
…
江名さんは鹿児島県串良基地から九七式艦攻で2回、特攻出撃した。1 回目は1945(昭和20)年4月28日の菊水4号作戦だったが、エンジン不調で引き返す。2回目は同5月11日の同6号作戦。この時もエンジン不調で黒島に不時着した。
4月16日付の八幡隊戦闘詳報が、「九七式艦攻は老衰機材のため攻撃出動率は低調」と指摘した後だ。
以上の話を聞き、江名さんが「七、戦訓所見」のコピーをいつも内ポケットにしのばせていることから、私は「江名さんは九七艦攻という故障続きの老衰機材をあてがって特攻死を強いることは特攻隊員を遇する道ではない、と考えている」と感想を述べた。しかし、江名さんは微笑を浮かべるだけだった。
代わりに江名さんは自分が関係した菊水作戦の現場、出撃の様子など個別な事情は具体的に、かつ詳細に語った。黒島には40年間通い、私財を投じて特攻隊員を追悼する記念物を何種類も建立した。
「思いは語らないが、追悼を続ける」という流儀は私が20年に渡って取材した戦争体験者のなかでも学徒出陣組に多かった。「生き残った者の口の重さ」なのだろう。
特攻機を出動させた航空部隊の戦闘詳報を読み続けると、随所に「特攻」に対する現場の気持ちを表す文章に出会う。
台湾海軍航空部隊司令部編「新竹攻撃部隊戦闘詳報第一号4月17日~5月15日の記録」では「特攻隊員の士気沈滞」と見出をたてて報告している。
台湾海軍航空部隊司令部編「新竹攻撃部隊戦闘詳報第一号4月17日~5月15日の記録」では「特攻隊員の士気沈滞」と見出をたてて報告している。
……機材の不良、敵を発見できないため引き返す者が相当ある。しかも特攻隊員の一部には素質において極めて見劣りし、真に悠久の大義に生きんとする精神に乏しく、出撃してもエンジン不調、天候不良を克服してあくまでも特攻攻撃を敢行せんとする意気込みは不足し、中途より引き返す、途中、基地に不時着すること3度に及ぶ者がいる。かかる気風は必然的に特攻隊員全体に蔓延し、その士気を沈滞せしめ、各特攻隊指揮官の細心綿密なる計画指導にもかかわらず、数回にわたり実施した対機動部隊、対沖縄周辺敵艦特攻攻撃は大部分不成功に終われり…
同戦闘詳報では、期間中の故障機の状況を表にしている。
5機種119機のうち故障で引き返す、不時着した機は30機で25.2%。4機に1機は故障機という計算だ。
特に彗星は出撃14機中8機、57.1%が引き返した。整備が難しい機体だった。
4月28日、特攻隊4隊17機が出撃した。彗星6機の隊は5機が引き返すか不時着した。エンジン不調が主な原因で、2機は飛び立つと直ちに引き返す有様だった。
命令する側からは、故障を理由とする特攻断念はサボタージュと映るのだろう。
さらに、特攻隊員に対する厳しい言葉が並ぶ。
…七 戦訓 特攻隊に関し
昨年10月、フィリピンにおける特攻隊員は人物識見技倆精神力等において真に優秀なる者を厳選、その上で任命された。特攻隊員たることを最上の名誉とした。いかにして敵艦を沈めるかの一念に徹し、生前、既に神の如き心境にあり、日常の態度動作は見る者をして自ずから頭が下がるを覚える。
しかるにその後の戦局の推移に応じ、特攻隊員の任命も次第に変わり、その人物技倆等のいかんにかかわらず、機種により飛行隊員は全員特攻隊員に任命され、あるいは夜間行動能力がないため、特攻隊員に任命されるものが多数生じてきた。
当部隊の指揮下に編入された特攻隊員はほとんど全員、以上のような理由で任命された。人物識見精神力は極めて見劣りする者がいる。
数度にわたる機動部隊、沖縄周辺の敵艦船に対する特攻攻撃において、克服すべきエンジン不調を理由として引き返す、或いは途中基地に不時着する、また機動部隊索敵攻撃において零戦特攻隊が敵を発見し攻撃している状況においてすら敵を発見できないでいる、あるいは受けた命令以外を索敵し、敵を発見できないとして引き返すものが極めて多数いる。
以上の経過から特攻隊の取り扱いに左の諸項を留意するを要す。
一 特攻隊指揮官には他の任務を与えないで、専心、特攻隊の教育指導に当たるを要す
特攻隊はその使用極めて機微なる点あるため指揮官は隊員個人個人の日常行動はもちろん、その精神的な方面に於いても深く内部まで観察研究の上、指導教育するを要す。
二 特攻隊員といえども一般搭乗員と特に差別的待遇を与えることなく厳格に指導教育するを要す。温情主義は禁物なり。
特攻隊員は必死必殺の体当たり攻撃を実施して始めて特攻隊員としてその崇高なる精神を称揚される。特攻隊員と命名されたからといっても特攻攻撃を実施するまでは一般搭乗員となんら異なる所なし。
しかるに特攻隊員を命名された者の内にはその真意を解せず、特攻隊員たることに単なる優越感を感じ、日常の言語動作等に衒気(注 元気なことをみせびらかす)あるも心中さらに烈々たる闘魂なく、一旦攻撃に出発するも何らかの理由を見つけて中途より引き返すこと再三に及ぶものある。
一方、特攻隊指揮官としては特攻隊の使用極めて機微なる点あるため、日常彼らを取り扱うにあたり、必然的に温情主義に陥り、優遇せんとするは人情のしからしむるところありといえども、特攻隊員の素質に応じ、その指導教育に寛厳よろしきを得ざれば、かえって逆効果を生じ、特攻隊員をして精神的に堕落せしめ、遂には有事の際、お役に立ち得ざるに至る恐れあり。
現下のごとく昼夜を問わず絶対制空権を敵に委ねたる情勢においては、特攻隊以外の攻撃隊といえどもその実質において、また精神において何ら特攻攻撃と差別なく、換言すれば搭乗員たる者すべてこれ特攻隊員なり。そして現在の特攻隊員大部のごとくその機種によりあるいは技倆により、昼間、敵制空権下に常道的に使用せんとするも到底成功の算なく、あるいは夜間行動能力なく、特攻攻撃においてのみ唯一の使用の途ある状態においては特攻攻撃を実施し得ざる特攻隊員は搭乗員としての価値なしと言ってもよく、特攻隊員たることに殊更に誇りを感じ、或いは優越感を感ずる理由なし。
故に特攻隊指揮官たる者はこの点を各特攻隊員に充分認識せしめ、誤れる観念を排除せしむると共に如何にせば特攻隊員としてお役に立たしめ得るやを専心研究指導するを第一とし、誤れる温情主義により特攻隊員を精神的に堕落せしめざるを肝要とす。(一部現代文に読み下し)
飛行時間も少なく、実戦経験がない者が特攻隊員というだけで偉そうに振る舞うが、出撃したら理由をつけて引き返す、と非難している。
しかし私は、特攻隊員の厭戦気分を語る報告である、と読んだ。
八幡隊の戦闘詳報は「特攻隊員を消耗品扱いにするな」という。
台湾の新竹攻撃部隊戦闘詳報は「特攻隊員を甘やかすな」と注文をつける。
現場の気持ちはどちらの戦闘詳報もその通りなのだろう。いずれにしても、特攻隊員は追い込まれる存在だったのだ。
5機種119機のうち故障で引き返す、不時着した機は30機で25.2%。4機に1機は故障機という計算だ。
特に彗星は出撃14機中8機、57.1%が引き返した。整備が難しい機体だった。
4月28日、特攻隊4隊17機が出撃した。彗星6機の隊は5機が引き返すか不時着した。エンジン不調が主な原因で、2機は飛び立つと直ちに引き返す有様だった。
命令する側からは、故障を理由とする特攻断念はサボタージュと映るのだろう。
さらに、特攻隊員に対する厳しい言葉が並ぶ。
…七 戦訓 特攻隊に関し
昨年10月、フィリピンにおける特攻隊員は人物識見技倆精神力等において真に優秀なる者を厳選、その上で任命された。特攻隊員たることを最上の名誉とした。いかにして敵艦を沈めるかの一念に徹し、生前、既に神の如き心境にあり、日常の態度動作は見る者をして自ずから頭が下がるを覚える。
しかるにその後の戦局の推移に応じ、特攻隊員の任命も次第に変わり、その人物技倆等のいかんにかかわらず、機種により飛行隊員は全員特攻隊員に任命され、あるいは夜間行動能力がないため、特攻隊員に任命されるものが多数生じてきた。
当部隊の指揮下に編入された特攻隊員はほとんど全員、以上のような理由で任命された。人物識見精神力は極めて見劣りする者がいる。
数度にわたる機動部隊、沖縄周辺の敵艦船に対する特攻攻撃において、克服すべきエンジン不調を理由として引き返す、或いは途中基地に不時着する、また機動部隊索敵攻撃において零戦特攻隊が敵を発見し攻撃している状況においてすら敵を発見できないでいる、あるいは受けた命令以外を索敵し、敵を発見できないとして引き返すものが極めて多数いる。
以上の経過から特攻隊の取り扱いに左の諸項を留意するを要す。
一 特攻隊指揮官には他の任務を与えないで、専心、特攻隊の教育指導に当たるを要す
特攻隊はその使用極めて機微なる点あるため指揮官は隊員個人個人の日常行動はもちろん、その精神的な方面に於いても深く内部まで観察研究の上、指導教育するを要す。
二 特攻隊員といえども一般搭乗員と特に差別的待遇を与えることなく厳格に指導教育するを要す。温情主義は禁物なり。
特攻隊員は必死必殺の体当たり攻撃を実施して始めて特攻隊員としてその崇高なる精神を称揚される。特攻隊員と命名されたからといっても特攻攻撃を実施するまでは一般搭乗員となんら異なる所なし。
しかるに特攻隊員を命名された者の内にはその真意を解せず、特攻隊員たることに単なる優越感を感じ、日常の言語動作等に衒気(注 元気なことをみせびらかす)あるも心中さらに烈々たる闘魂なく、一旦攻撃に出発するも何らかの理由を見つけて中途より引き返すこと再三に及ぶものある。
一方、特攻隊指揮官としては特攻隊の使用極めて機微なる点あるため、日常彼らを取り扱うにあたり、必然的に温情主義に陥り、優遇せんとするは人情のしからしむるところありといえども、特攻隊員の素質に応じ、その指導教育に寛厳よろしきを得ざれば、かえって逆効果を生じ、特攻隊員をして精神的に堕落せしめ、遂には有事の際、お役に立ち得ざるに至る恐れあり。
現下のごとく昼夜を問わず絶対制空権を敵に委ねたる情勢においては、特攻隊以外の攻撃隊といえどもその実質において、また精神において何ら特攻攻撃と差別なく、換言すれば搭乗員たる者すべてこれ特攻隊員なり。そして現在の特攻隊員大部のごとくその機種によりあるいは技倆により、昼間、敵制空権下に常道的に使用せんとするも到底成功の算なく、あるいは夜間行動能力なく、特攻攻撃においてのみ唯一の使用の途ある状態においては特攻攻撃を実施し得ざる特攻隊員は搭乗員としての価値なしと言ってもよく、特攻隊員たることに殊更に誇りを感じ、或いは優越感を感ずる理由なし。
故に特攻隊指揮官たる者はこの点を各特攻隊員に充分認識せしめ、誤れる観念を排除せしむると共に如何にせば特攻隊員としてお役に立たしめ得るやを専心研究指導するを第一とし、誤れる温情主義により特攻隊員を精神的に堕落せしめざるを肝要とす。(一部現代文に読み下し)
飛行時間も少なく、実戦経験がない者が特攻隊員というだけで偉そうに振る舞うが、出撃したら理由をつけて引き返す、と非難している。
しかし私は、特攻隊員の厭戦気分を語る報告である、と読んだ。
八幡隊の戦闘詳報は「特攻隊員を消耗品扱いにするな」という。
台湾の新竹攻撃部隊戦闘詳報は「特攻隊員を甘やかすな」と注文をつける。
現場の気持ちはどちらの戦闘詳報もその通りなのだろう。いずれにしても、特攻隊員は追い込まれる存在だったのだ。
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