1945(昭和20)年6月12日付と同13日付の全国紙3紙が陸軍特攻隊の振武隊が出撃する様子をルポした記事を掲載した。
6月12日付読売報知新聞(現在の読売新聞)は出撃直前、鉢巻きを締め合う陸軍特攻隊員の表情を大写しにした写真を掲載。隊員5人の辞世の句と人物像を紹介した。
同8日、宮崎県内の都城東基地から四式戦闘機疾風で特攻出撃した第59振武隊の隊員たちだ。
隊長野口肇太郎少尉(23)の記事は
……出撃の前夜記者が訪ねると
「どうか後を頼みます。国民のみんながほんとうに死ぬ気で頑張ったらこの戦争は必ず勝ちます。英国はわずか40キロのドーバー海峡まで追いつめられながら結局、最後はドイツを打ち負かしているではありませんか。それに比べたらまだ沖縄から九州まで600キロもあるのです。要は〝必勝の信念〟これだけですよ」と固く手を握りしめてこの歌を示したのだった。
……
「魁(さきが)けて嵐に櫻散りぬとも やがて秋咲く菊もありなん」
記事はこの句の一部を見出に使っている。
そして、出撃時、隊員たちはみな救命具に一杯人形をつり下げていた、との記述がある。
同13日付毎日新聞は「ハンカチを振って 笑顔で征く特攻機」の見出のもと、固定脚機の操縦席から白いハンカチを振る様子の写真を掲載。
同8日、宮崎県内の都城東基地から四式戦闘機疾風で特攻出撃した第59振武隊の隊員たちだ。
隊長野口肇太郎少尉(23)の記事は
……出撃の前夜記者が訪ねると
「どうか後を頼みます。国民のみんながほんとうに死ぬ気で頑張ったらこの戦争は必ず勝ちます。英国はわずか40キロのドーバー海峡まで追いつめられながら結局、最後はドイツを打ち負かしているではありませんか。それに比べたらまだ沖縄から九州まで600キロもあるのです。要は〝必勝の信念〟これだけですよ」と固く手を握りしめてこの歌を示したのだった。
……
「魁(さきが)けて嵐に櫻散りぬとも やがて秋咲く菊もありなん」
記事はこの句の一部を見出に使っている。
そして、出撃時、隊員たちはみな救命具に一杯人形をつり下げていた、との記述がある。
同13日付毎日新聞は「ハンカチを振って 笑顔で征く特攻機」の見出のもと、固定脚機の操縦席から白いハンカチを振る様子の写真を掲載。
記事全文を書き出してみる。
……
【某基地にて山口報道班員(本社特派員)発】〝特攻隊員はどんな顔をして飛んでゆくか〟―私はカメラマンとしてぜひ一度それを空中で写してみたかった、そこで六日午後某基地を振武隊が出撃する際、特に許されて特攻機発進の直後、○○機に同乗、特攻機を見送ることができた
やがて基地から特攻機が上昇してくる、後続機とともに見事な編隊を組んでいる、伝声管を通じて操縦席の○○軍曹に「二番機の横にくっついて下さーい」と頼む、大きくうなづいた軍曹はグッと操縦桿を握った、胴体の真下に黒い大きな○○キロの爆弾をしっかと抱え込んだ特攻機が吸い込まれるように近づいてくる、シャッターを切ったが、その音は爆音に消されてまるで手ごたえがない、続いてもう一枚、ファインダーの中に二番機の○○伍長のあどけない顔が風防越しに飛び込んでくる
飛行帽の上からしっかと締めた鉢巻きの日の丸が眼にしみ込んでくる
手を振っている、風防をあけてこちらを眺めながらニコニコ笑う○○伍長の顔が、ファインダーの中に大きく、大きく広がったかと思うと、スーッとまた小さく流れてゆく あの顔だ、それは兵舎の中で毎日のように見ていたときの笑顔とちっとも変わらない、ファインダーをのぞく眼がジーッと熱くうるんできた、○○伍長の笑顔をボーッとファインダーの中でのぞいたままシャッターをきった、アッその手にはハンカチが振られていた
……
同12日付朝日新聞。一面の真ん中に六段抜きの縦長の写真を載せ、「神鷲とともに天翔る」の見出しをつけた。6機が編隊を組んで飛行する場面だ。
……
【某基地にて山口報道班員(本社特派員)発】〝特攻隊員はどんな顔をして飛んでゆくか〟―私はカメラマンとしてぜひ一度それを空中で写してみたかった、そこで六日午後某基地を振武隊が出撃する際、特に許されて特攻機発進の直後、○○機に同乗、特攻機を見送ることができた
やがて基地から特攻機が上昇してくる、後続機とともに見事な編隊を組んでいる、伝声管を通じて操縦席の○○軍曹に「二番機の横にくっついて下さーい」と頼む、大きくうなづいた軍曹はグッと操縦桿を握った、胴体の真下に黒い大きな○○キロの爆弾をしっかと抱え込んだ特攻機が吸い込まれるように近づいてくる、シャッターを切ったが、その音は爆音に消されてまるで手ごたえがない、続いてもう一枚、ファインダーの中に二番機の○○伍長のあどけない顔が風防越しに飛び込んでくる
飛行帽の上からしっかと締めた鉢巻きの日の丸が眼にしみ込んでくる
手を振っている、風防をあけてこちらを眺めながらニコニコ笑う○○伍長の顔が、ファインダーの中に大きく、大きく広がったかと思うと、スーッとまた小さく流れてゆく あの顔だ、それは兵舎の中で毎日のように見ていたときの笑顔とちっとも変わらない、ファインダーをのぞく眼がジーッと熱くうるんできた、○○伍長の笑顔をボーッとファインダーの中でのぞいたままシャッターをきった、アッその手にはハンカチが振られていた
……
同12日付朝日新聞。一面の真ん中に六段抜きの縦長の写真を載せ、「神鷲とともに天翔る」の見出しをつけた。6機が編隊を組んで飛行する場面だ。
この記事については波頭006「明日を」で紹介した。
3紙とも取材日が6月の6日か8日、掲載日は同12日か13日と集中しているのは、陸軍が広報として特攻隊出撃の取材を許可したのだろう。
記事掲載の頃は飛行機の体当たり攻撃を戦法とする菊水作戦が始まって2ヶ月半経ったころだ。
当時の中央の状況は、4月7日、鈴木貫太郎が首相となった。5月中旬、海軍は戦争終結の具体策にのりだすべきだ、と工作を始めたが、6月6日、陸軍は「今後とるべき戦争指導大綱」をまとめ、本土決戦を主張した。
陸軍は本土決戦に向けて、国民は覚悟を固め、戦意を高揚する、という目的で3紙の記者を陸軍特攻基地である知覧と都城東の各基地に案内したのだろう。
私は3紙を読み比べて、読売、毎日の記事は特攻隊員の表情を追うことで特攻の実情をよく伝えた、と見た。朝日の記事は大空に展開する6機を全景に写し、陸軍側の意向に沿った紙面といえる。
読売紙面の若者の写真を見ると、誰もが悲壮感を抱く。「後に続け」と戦意を燃やすもの、「この犠牲に報いる」と銃後を守る決意を固めるもの、は陸軍広報の期待するところだ。
しかし、新聞は誰にも届く。鈴木首相は読んだはずだ。沈黙の反主流の重臣は鉢巻きを締め合う若者の写真を見ただろう。軍部の強気の戦果発表を聞かされてきた政権中枢部は「ここまで追いつめられているのか」を読売新聞の記事を読んで気がつくはずだ。
毎日新聞の「ハンカチを振って」はさらに強烈な衝撃を与えたのではないか。
乗機は1936(昭和11)年に陸軍戦闘機として制式採用された九七式戦闘機。610馬力の時速470キロという固定脚の旧式機だ。この飛行機が爆弾を抱え、2000馬力で時速611キロを出す米艦上機グラマンF6Fが制空権を握る沖縄へ進撃する。
読売や毎日の記者が陸軍広報に従いながら、結果、特攻の現実を伝えようと面従腹背となる記事を書いたとしたら、現場をよく見ることができる人だ。
そのような意識がなくても、より対象に迫り、写すという取材の基本に沿った記事は、自ずから特攻の悲劇を知らせ、戦局の行く末を伝える紙つぶてとなる。
3紙とも取材日が6月の6日か8日、掲載日は同12日か13日と集中しているのは、陸軍が広報として特攻隊出撃の取材を許可したのだろう。
記事掲載の頃は飛行機の体当たり攻撃を戦法とする菊水作戦が始まって2ヶ月半経ったころだ。
当時の中央の状況は、4月7日、鈴木貫太郎が首相となった。5月中旬、海軍は戦争終結の具体策にのりだすべきだ、と工作を始めたが、6月6日、陸軍は「今後とるべき戦争指導大綱」をまとめ、本土決戦を主張した。
陸軍は本土決戦に向けて、国民は覚悟を固め、戦意を高揚する、という目的で3紙の記者を陸軍特攻基地である知覧と都城東の各基地に案内したのだろう。
私は3紙を読み比べて、読売、毎日の記事は特攻隊員の表情を追うことで特攻の実情をよく伝えた、と見た。朝日の記事は大空に展開する6機を全景に写し、陸軍側の意向に沿った紙面といえる。
読売紙面の若者の写真を見ると、誰もが悲壮感を抱く。「後に続け」と戦意を燃やすもの、「この犠牲に報いる」と銃後を守る決意を固めるもの、は陸軍広報の期待するところだ。
しかし、新聞は誰にも届く。鈴木首相は読んだはずだ。沈黙の反主流の重臣は鉢巻きを締め合う若者の写真を見ただろう。軍部の強気の戦果発表を聞かされてきた政権中枢部は「ここまで追いつめられているのか」を読売新聞の記事を読んで気がつくはずだ。
毎日新聞の「ハンカチを振って」はさらに強烈な衝撃を与えたのではないか。
乗機は1936(昭和11)年に陸軍戦闘機として制式採用された九七式戦闘機。610馬力の時速470キロという固定脚の旧式機だ。この飛行機が爆弾を抱え、2000馬力で時速611キロを出す米艦上機グラマンF6Fが制空権を握る沖縄へ進撃する。
読売や毎日の記者が陸軍広報に従いながら、結果、特攻の現実を伝えようと面従腹背となる記事を書いたとしたら、現場をよく見ることができる人だ。
そのような意識がなくても、より対象に迫り、写すという取材の基本に沿った記事は、自ずから特攻の悲劇を知らせ、戦局の行く末を伝える紙つぶてとなる。
「波頭」内の文章、写真、図表、地図を筆者渡辺圭司の許可なく使用することを禁止します。
問い合わせ、ご指摘、ご意見はCONTACTよりお願いします。
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