…1932(昭和7)年の前半、戦艦榛名(基準排水量29,330㌧)の砲塔を外して砲塔工場内に持ち込み、大改装した。改良した革パッキンを初めて使用した。最終試験の直前、組長が喜びにあふれた顔をして「主任!砲塔の漏水が全然ありません。来て見てください」という…
1928(昭和3)年に呉海軍工廠砲熕部に着任した渡辺武・造兵少佐(36)はパッキンの改良に取り組み、1932(昭和7)年に見るべき成果を得た。その時の苦心談、喜びを戦後、出身校の同窓会誌、東京大学工学部造兵精密同窓会誌大樹に「パッキンと私の因縁(その一)」、同(その三)で書いている。
…この日、初めて砲塔内の水圧パイプに水を通したが、漏水が全然ないとは半信半疑だった。現場にいくと、なるほど、昔見た雨降りのような漏水はまったくなく、換装室に入っても頭上から落ちる水しぶきは一つもない。
「砲塔の漏水は止まった。わが事成れり」の実感がひしひしと胸にわき、包みきれない歓喜が全身にあふれた…
…海軍は主力艦10隻の改造を1932(昭和7)年以降、毎年一艦ずつ実施した。もし砲関係の革パッキンが旧設計のままであったならば恐らくパッキン不良のため作業工程は大幅に乱れ、艦の改装工事完成に非常な影響を与え、技術官は耐えがたき苦境に立たねばならないことは明かだ。開戦前の危急整備作業にあたり、パッキン改造の成功は天祐と思えるのである…
革パッキンの改良点は、鞣(なめ)しに使う薬品とパッキン形状の2点だ。
渡辺武少佐は着任後に20センチ砲の砲塔で気密試験をした。従来から使っているU形パッキンに摩耗対策としてもう一枚重ねると格段の好成績を得た。これは高圧空気がパッキン自身を透過して漏洩するのを防止する効果があるので、空気圧が落ちず、気密試験に合格したことを意味する。
ここで初めて革パッキンには接触する面からの漏洩のほかに革パッキン自身を浸透する漏洩があることがわかった。
革パッキン自身を浸透する漏洩対策は、皮を鞣(なめ)す薬品の選択にかかった。
広辞苑で「鞣し革」をひくと、「動物の皮を薬品で処理し、腐敗を防ぎ、柔軟性・たわみ性・弾性などを付与したもの」とある。
その薬品は、植物のしぶからつくるタンニン系統と鉱物由来のクローム系統の二派が主流だった。旧海軍はタンニン鞣しの革を使っていた。
渡辺・造兵少佐は耐熱度を調べた。タンニン鞣しの革は摂氏70度で変質し、硬化してもろくなった。クローム鞣しの革は同220度まで持ちこたえた。耐熱の点からだけでも現用のタンニン鞣し革をやめてクローム鞣し革に移るべきだ、と主張した。
次にパッキンの形状だ。現用の一枚革でU形のパッキンにもう一枚重ねると漏洩防止に効果があることがわかったが、さらに2枚、3枚と重ねたり、革の表、裏それぞれに圧力をかけて試験した。その結果、一枚革のU形よりも層成のV形パッキンの方が漏洩防止には絶対有利であることを立証した。
革パッキンの設計をV形に改めるように進言し、1932(昭和7)年、砲熕関係のパッキンは全部、V形層成パッキンに改訂された。
…この日、初めて砲塔内の水圧パイプに水を通したが、漏水が全然ないとは半信半疑だった。現場にいくと、なるほど、昔見た雨降りのような漏水はまったくなく、換装室に入っても頭上から落ちる水しぶきは一つもない。
「砲塔の漏水は止まった。わが事成れり」の実感がひしひしと胸にわき、包みきれない歓喜が全身にあふれた…
…海軍は主力艦10隻の改造を1932(昭和7)年以降、毎年一艦ずつ実施した。もし砲関係の革パッキンが旧設計のままであったならば恐らくパッキン不良のため作業工程は大幅に乱れ、艦の改装工事完成に非常な影響を与え、技術官は耐えがたき苦境に立たねばならないことは明かだ。開戦前の危急整備作業にあたり、パッキン改造の成功は天祐と思えるのである…
革パッキンの改良点は、鞣(なめ)しに使う薬品とパッキン形状の2点だ。
渡辺武少佐は着任後に20センチ砲の砲塔で気密試験をした。従来から使っているU形パッキンに摩耗対策としてもう一枚重ねると格段の好成績を得た。これは高圧空気がパッキン自身を透過して漏洩するのを防止する効果があるので、空気圧が落ちず、気密試験に合格したことを意味する。
ここで初めて革パッキンには接触する面からの漏洩のほかに革パッキン自身を浸透する漏洩があることがわかった。
革パッキン自身を浸透する漏洩対策は、皮を鞣(なめ)す薬品の選択にかかった。
広辞苑で「鞣し革」をひくと、「動物の皮を薬品で処理し、腐敗を防ぎ、柔軟性・たわみ性・弾性などを付与したもの」とある。
その薬品は、植物のしぶからつくるタンニン系統と鉱物由来のクローム系統の二派が主流だった。旧海軍はタンニン鞣しの革を使っていた。
渡辺・造兵少佐は耐熱度を調べた。タンニン鞣しの革は摂氏70度で変質し、硬化してもろくなった。クローム鞣しの革は同220度まで持ちこたえた。耐熱の点からだけでも現用のタンニン鞣し革をやめてクローム鞣し革に移るべきだ、と主張した。
次にパッキンの形状だ。現用の一枚革でU形のパッキンにもう一枚重ねると漏洩防止に効果があることがわかったが、さらに2枚、3枚と重ねたり、革の表、裏それぞれに圧力をかけて試験した。その結果、一枚革のU形よりも層成のV形パッキンの方が漏洩防止には絶対有利であることを立証した。
革パッキンの設計をV形に改めるように進言し、1932(昭和7)年、砲熕関係のパッキンは全部、V形層成パッキンに改訂された。
…私の旧海軍における専門業務は、20センチ以上の大口径砲塔の組立、修理であったので、日本海軍のすべての戦艦、重巡洋艦の砲塔に親しみがあり、最後には大和の46センチ3連装砲塔の建造にまで手を染めたので、その種類と数においては数多い旧海軍造兵官の中でも私に勝る方は無いはずである。
その私が砲塔からパッキントラブルを完全に追放し得たことは、あるいは当然の義務であり、むしろ遅きを責められるかもしれないが、大東亜戦争前に完成したことは非常に時機がよかった、と思う…
その私が砲塔からパッキントラブルを完全に追放し得たことは、あるいは当然の義務であり、むしろ遅きを責められるかもしれないが、大東亜戦争前に完成したことは非常に時機がよかった、と思う…
「波頭」内の文章、写真、図表、地図を筆者渡辺圭司の許可なく使用することを禁止します。
問い合わせ、ご指摘、ご意見はCONTACTよりお願いします。
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